東京高等裁判所 昭和33年(ネ)2333号 判決 1960年11月25日
控訴人(被告) 千葉県知事
被控訴人(原告) 森岡一郎
原審 千葉地方昭和三一年(行)第七号
主文
本件控訴を棄却する。
原判決を左のとおり変更する。
控訴人が千葉県船橋市海神町北一丁目五一五番畑九畝三歩、同所五一六番畑四反二十六歩につきなした昭和二十三年十二月二日を買収期日とする買収処分の無効であることを確認する。
訴訟の総費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は「原判決を取り消す。被控訴人の請求(当審において訂正されたものを含め)を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は主文同旨の判決を求めた。当事者双方の事実上の供述は、次のとおり付述する外原判決事実摘示と同一につきこれを引用する。
控訴代理人の主張
仮りに、買収令書の交付に代わる公告の方法によつてなした買収処分が無効であるとしても、控訴人は農地法施行法(昭和二十七年法律第二三〇号)第二条第一項第一号の規定に基き、昭和三十三年十二月十六日改めて前同一内容の買収令書を発行し、翌十七日これを被控訴人に送達交付したので、令書交付に関する瑕疵は補完され、本訴無効確認の請求は理由なきに至つた。右令書送達当時本件農地の宅地化の様相が顕著であつて、本件買収処分を当然無効とする程の重大且つ明白な違法があつたとの被控訴人の主張は否認する。
被控訴代理人の主張
(一) 控訴人が本件訴訟の控訴審に係属中、その主張の日に本件買収令書を被控訴人に送達交付した事実は認める。しかし控訴人は先に買収令書記載事項を県報に登載公告し、既に処分を完結しているのであるから、農地法施行法の規定によるも、改めて買収処分をすることはできないし、自創法に基く買収計画樹立後実に十一年を経た今日に至り、右計画に基く買収処分を強行するが如きことは、国民に対する行政権の行使として著しく信義に反し、権利の濫用であつて到底許されない。
(二) 本件土地は買収計画当時においても、密集する商店街と発展した住宅地の間に弧立する一団地であつて非農地への転移性が特段に顕著であつたので、近く土地の使用目的を変更するを相当とする土地であること極めて明瞭であつたに拘らず、控訴人が船橋市農地委員会の樹てた違法の買収計画に基き、買収令書の内容を公告して買収処分をしたのは、その瑕疵重大明白にして無効というべく、更に本件買収令書を送達した昭和三十三年十二月当時においては、本件土地の市街地化の様相は益々進み、何人にも一見明白な程顕著となつていたのであるから、右令書を送達してなした買収処分も当然無効である。
(三) 原審においては買収令書の公告によつてなされた本件買収処分の無効確認を求めたところ、前記の如く控訴人は更に令書を送達し、これによつても買収処分は有効であると主張するので、当審においては令書の交付による買収処分の無効をも含めて本件買収処分の無効確認を求めるものである。
証拠方法<省略>
理由
控訴人が昭和二十三年十一月八日被控訴人所有にかかる主文掲記の二筆の土地につき、自創法第三条第一項第一号に該当する農地として買収計画を樹て、右計画に基き同年十二月二日を買収期日とする買収令書を作成の上、控訴人の所在が不明のため令書を交付し得ないとして、昭和二十四年八月六日その内容を千葉県報に登載公告したところ、右は同法第九条第一項に「所有者が知れないときその他令書の交付をすることができないとき」とある場合に当らず、従つて公告は令書の交付に代る効力を有し得ない故、右公告にかかる買収処分を無効と認むべきことについては、当裁判所の判断も原審のそれと同一である。よつて原判決の理由全部を引用する。
控訴人は、仮りに公告による買収処分が無効であるとしても、控訴人は農地法施行法第二条第一項第一号の規定に基き、昭和三十三年十二月十七日改めて被控訴人に対し前同一内容の買収令書を送達交付したので、令書交付に関する瑕疵はここに補完され、本訴は理由なきに帰した旨主張するに対し、被控訴人は既に買収令書の公告により買収処分が完結している以上、農地法施行法の規定によるも改めて買収処分をすることは許されないし、買収計画後十一年を経た後に至つて買収処分をやり直すが如きことは、国民に対する行政権の濫用であると主張する。しかし、控訴人が昭和三十三年十二月十七日改めて令書を被控訴人に交付したのは、先に令書の交付に代えてなした公告が違法とされ、その理由により買収処分が無効と判定されるのに対処して予備的になしたものであるから、農地法施行当時既に買収の効果を生じている土地につき重ねて買収処分をしたのではなく(即ち公告にかかる買収処分が有効と判定される場合には、予備的になした令書の交付は何等の効果を生ぜず、単に無意味となるだけのことである)、従つて農地法施行法第二条の規定に何等牴触するものではない。またこのような経緯の下に買収計画樹立後十一年を経た後になつて、更に買収令書が交付された場合、被買収者の心情としては、処分のせん延が主として行政庁の過失に基くものであるだけに、忍び難いものを感ずるであろうことは、諒察し得ないではないが、これを以て直ちに行政処分が信義に反し、行政権の濫用であるとは解し難い。結局被控訴人の前記主張はいずれも採用するに足らず、控訴人のなした買収令書の交付は、手続の形式上からは農地法施行法の規定に適合するものということができる。
被控訴人は、本件買収令書の交付手続が一応適法であるとしても、買収計画樹立当時並に令書交付の時において、本件土地は附近一帯の発展と共に宅地化の様相極めて顕著であつて、これを農地のまま買収することが違法であるのは勿論のこと、その違法の程度は重大にして明白である故、本件買収処分は初より当然に無効であると主張する。よつて更にこの点につき審究する。
原審における被控訴本人の供述により成立を認めうる甲第一号証と、原審並に当審における検証の結果によると、本件土地は京成電鉄海神駅の北側に近接するほぼ五角形の団地であつて、その東南隅より同駅改札口までの道路沿いの距離は約八十米、西南隈より電車軌道までは十米位を距てるに過ぎず、南側約五十米の所は、同駅前に至るいん賑な商店街をなし、三方道路に面して交通至便であり、その西南隅に接して狭小の畑地がある外、四周すべて住宅地を以て囲繞され、いわば一帯の住宅地域内に僅に弧島の如くに取残された西高東低の緩傾斜地であること、その土質は全部砂地であつて、原審検証の時(昭和三十二年十一月八日)においても、その約五分の一位は荒地のままに放置され、残部が畑となつていたものであること、そして本件土地の西側に存する幼稚園外一、二戸が買収計画後に建てられた以外、現場の模様は買収計画当時も現在と大差なく、概ね前記のような景況にあつたこと等の事実が認められる。また原審証人大数加光治、竹之内昇、田久保金一郎、原審並に当審証人三浦正一の各証言と原審における被控訴本人尋問の結果を綜合すれば、本件土地はその西側に松の大樹が多数生立して陰地をなし、これが四辺の住宅と共に通風を遮り、しかも傾斜した砂地であるため地味悪しく、農作物の作柄不良で農耕地として余り適当でないため、買収計画樹立当時にも可成りの部分が荒地となつていて、全体的に十分に耕作されていなかつたものであること、一方本件土地はその地形及び位置からして海神地区第一級の住宅向き土地とされ、終戦後間もなく附近一円の地主により、市街地及び住宅地としての発展を計るために土地区劃整理組合の設立が企てられたことがあり、その頃訴外日本鋼管株式会社においても社員寮建設の敷地とするため、本件土地買受の計画を進めていたところ、たまたまこれが農地買収計画に編入されることとなつたため、止むなく買取を中止するに致つた事実もあつて、比隣の地価は本件買収計画当時において坪当り金二、三千円であつたが、昭和三十三、四年頃には坪当り金一万八千円位の高値を呼んでおり、地目が農地の場合でも一般に宅地同様に評価されていたこと等の事実を認め得べく控控訴人の挙げる証拠のうち右認定に牴触するものは採用し得ない。
以上認定の事実に照せば、昭和二十三年十一月八日船橋市農地委員会が、自創法の規定に基き本件土地を対象とする農地買収計画を樹てた当時、本件土地はその地位、地形、地質及び四囲の状況より観察して、極めて近い将来にその用途を変更して宅地とすべき必然の趨勢を備え、その宅地化の様相は、格別の調査をせずとも現地に臨む何人の目にも疑を抱かせない程に、極めて明瞭に看取し得たものと断定して憚らない。従つて、船橋市農地委員会としてはかかる自然的社会的諸条件に鑑み、自創法第五条第一項第五号の規定により千葉県農地委員会の承認を求めて本件土地を近くその使用目的を変更することを相当とする農地として指定し、須らく買収より除外する措置を採るべきであつたに拘らず、漫然買収計画に編入したのは甚しく違法であつて、その瑕疵の程度は重大且つ明白である故、仮令右計画が行政手続上形式的に確定しても本来無効のものといわざるを得ず、かかる無効の買収計画に基いてなした控訴人千葉県知事の買収処分もまた無効とする外はない。
なお、このように本件土地の宅地化の様相は、既に買収計画の樹てられた当初においてすら顕著であつたのであるが、今仮りに控訴人主張の如く右計画が当時一応有効であつたとしても、控訴人が農地法施行法の規定に準拠し、改めて買収令書を被控訴人に交付した昭和三十三年十二月十六日頃には、買収計画時よりも付近に幼稚園及び一、二の人家を加えて更に完全に住宅地帯としての状況を整え、前記の如く地価も格段に騰貴していることとて、本件土地が宅地に転用さるべき必然性は常識上愈々以て明白となつた故、遠く十一年前の事実状態に基いて樹立された買収計画は実質的にはその効力を失い(農地法第七条第一項第三号による所有制限より除外さるべき小作地となる)、控訴人知事は最早農地法施行法の規定に則り旧来の買収手続を踏襲して買収処分を行うこと能わざるに至つたものというべく、結局右令書交付による買収処分はこの点でも当然無効たること明かである。
以上説明したとおり、控訴人が本件土地についてなした買収処分は、千葉県報に公告したものも、令書交付によるものも、共に無効とすべきであるから、前者につき同趣旨の下にその無効を宣言した原判決は相当であつて、本件控訴は理由なきものとしてこれを棄却すべきところ、控訴人は当審において令書交付による買収処分の有効であることを主張している故、その無効確認を求める被控訴人の請求を正当として認容すべく、よつて以上の趣旨を明かにするため、原判決を主文の如く変更すべきものとし、なお民事訴訟法第八十九条第九十六条に則り、訴訟費用は凡て敗訴者たる控訴人の負担たるべきものとする。
(裁判官 二宮節二郎 奥野利一 渡辺一雄)
原審判決の主文、事実および理由
主文
被告が船橋市海神町北一丁目五一五番畑九畝三歩同所五一六番、畑四反二六歩につき為した昭和二三年一二月二日を買収期日とする買収処分(昭和二四年八月六日千葉県報に登載公告)は無効であることを確認する。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求めその請求原因として次のように述べた。
一、原告先代森岡藤兵衛は大正九年四月主文掲記の二筆の土地(以下本件土地と称する)を買受け所有したが、原告は昭和一九年一一月一九日家督相続によりその所有権を取得した。
二、船橋市農地委員会は本件土地につき昭和二三年一一月八日自作農創設特別措置法(以下自創法と称す)第三条第一項第一号に該当する農地として買収計画を定めた。原告は本件土地は自創法第五条第五号所定の「近く使用目的を変更することを相当とする土地」であつて買収の対象から除外されるべきものであることを理由に、右買収計画に異議を申立てたが却下されたので、更に同様の理由により千葉県農地委員会に訴願を提起したところ、同委員会は昭和二四年三月二日附で右訴願を棄却する裁決をなし、其の後被告千葉県知事は右買収計画に基き、本件土地に対し買収時期を昭和二三年一二月二日とする買収令書を発行し、原告の所在不明で右令書を交付し得ない場合であるとして同年八月六日千葉県報に登載公告した。
三、然しながら、本件買収処分は次の理由で無効である。
(一) 本件土地は船橋市の住宅地として知られている海神地区にあり、南は京成電車軌道に隣接し東南部は海神駅に接し、東部、北部は密集した人家に囲まれ西部は大きな並木と幅二間半余の道路を隔てて人家に接し、附近一帯は海神一丁目の文化住宅地区で、本件土地以外は殆ど全部家屋の敷地となつている。更に本件土地の形状は西北部が高く東南部に低く全体として丘陵性の土地であり地味も極めて悪く耕作には不適当な土地である。更に本件土地には元来小作農なく原告に無断で数名の者が任意に家庭菜園として使用していたに過ぎず、勿論土地使用の対価は支払つていない。右のような土地であるから農業生産力の発展を企図するには縁遠い存在であり、経済的にも地域的にも住宅地と認めるに何人も疑のない土地である。されば本件買収計画樹立当時訴外日本鋼管株式会社が本件土地に社員寮を建設すべく計画し原告に土地買受方を交渉して居たが、買収計画樹立を聞知して右建設計画を中止したような実状である。以上の如く近く土地の使用目的を変更することを相当とする土地であること極めて明瞭であつたから船橋市農地委員会は宜しく千葉県農地委員会の承認を得て右土地につき自創法第五条第五号の指定を為すべきに拘らず之を為さず極めて明瞭な事実を無視して本件買収計画を樹立したのは違法であり、しかも右瑕疵は重大であり明白であるから右買収計画に基いてなされた本件買収処分は当然無効である。
(二) 買収令書を所有者に交付することは買収処分の効力発生の要件である。然るに本件買収処分については所有者たる原告に令書を交付していない。之を詳言すれば被告が本件買収令書を千葉県報に登載公告した昭和二四年八月六日当時原告の住所は東京都中野区鷺宮三丁目八六番地にあつたが、原告は右住所において前記の如く船橋市農地委員会に対する異議申立及び千葉県農地委員会に対する訴願提起を為し、右訴願に対する昭和二四年三月二日附裁決書も右住所宛に送達されているのであつて、被告は容易に原告の右住所を知り得べき事情にあつた。しかるに被告は買収令書を右住所宛に送付することを為さず、原告の所在不明で令書を交付する能はずとして千葉県報に登載公告したのは違法であり、右公告は交付に代る効力を発生していない。従つて本件買収処分は当然無効である。
被告訴訟代理人は原告の請求を棄却するとの判決を求め答弁として次のように述べた。
一、原告の主張事実中一、及び二、は認める。
二、同三、の(一)中本件土地が小作地でなかつたとの事実は否認する。本件土地は何十年来農耕されて来た畑であり、訴外植草吉五郎が八畝歩を小作料年三円、井上秋蔵が二反一畝二六歩を小作料反当年七円、田久保さだが四畝歩を小作料年五円、会田順之が一反一畝歩を小作料年七円芦田藤男が五畝三歩を小作料年五円でそれぞれ賃借耕作して居り、小作料は原告先代当時の管理人竹内菊三郎死亡後は訴外株式会社富倉商会が右土地の管理人となつて取立てる約で、昭和一八年度分までいずれも支払済みである。戦争苛烈となつた昭和一九年度分からは原告方管理人から何等の通知もないため支払未了となつているが小作人等が信義に反して滞納しているものではない。従つて本件土地はいずれも農地であり小作地である。
原告主張の三、の(一)の事実中本件土地附近が船橋市の住宅地区であること、本件土地の東部、北部及び西方一部は人家であること、本件土地が北西部が高く東南部が下がりの形状にあることは認めるが本件土地が近く使用目的を変更することを相当とする農地であつたことは否認する。本件買収処分当時、本件土地については、近く土地使用の目的を変更する確実性ある具体的計画はなく、また、四囲の環境上近い将来に非農地化されることが必要と認められる事情もなかつたのであるから、自創法第五条第五号の指定を為さず、これを買収したことは違法ではない。
三、原告主張の三の(二)の事実中原告が東京都中野区鷺宮三丁目八六番地において本件土地につきなされた船橋市農地委員会の買収計画に異議の申立をなし、更に千葉県農地委員会に訴願の申立をなしたこと、同委員会が昭和二四年三月二日裁決をなし裁決書を右原告住所宛に送付したこと、及びその後被告千葉県知事が本件土地につき買収令書を発行したが原告に交付することができなかつたため令書交付に代えて昭和二四年八月六日千葉県報に登載公告したことは認めるがその余は争う。本件土地の登記簿、土地台帳等の公簿には原告の住所は東京都牛込区払方町三五番地と記載されていたため、買収計画書の所有者の住所の表示は右に従いなされ、買収令書は買収計画書に基き発行されたため右住所に対して交付手続が採られたが、住所不明で交付できなかつたため自創法第九条第一項に則り千葉県報に登載公告したのである。買収令書の発行は異議、訴願の審理庁たる市町村農地委員会乃至は都道府県農地委員会とは別個の機関たる都道府県知事が行うものであるから、異議訴願関係の書面により原告の住所の変更を察知し得なかつたし、土地の所有者はその住所に変更を生じたときはこのような場合の権利の保護の上からも当然その旨を登記所に申告して変更して置くべきであるのに原告自らもかかる懈怠があつたのであるから、行政庁が右の如き公簿の記載に基き原告の住所を誤り買収令書の交付をすることができなかつたためになした本件公告は当然無効ではない。
(立証省略)
理由
船橋市農地委員会が昭和二三年一一月八日原告所有に係る主文掲記の二筆の土地につき自創法第三条第一項第一号に該当する農地として買収計画を定めたこと、原告が右買収計画に異議を申立てたが却下され更に千葉県農地委員会に提起した訴願も昭和二四年三月二日の裁決により棄却されたこと、其の後被告千葉県知事が右買収計画に基き昭和二三年一二月二日を買収期日とする買収令書を作成し、原告の所在が不明で右令書を交付することが出来ないとして昭和二四年八月六日千葉県報に登載公告したことはいずれも当事者間に争がない。
而して原告は右県報に登載公告して為した買収処分は(一)及び(二)の理由で無効であると主張するものであるが当裁判所は順序を変更し(二)から判断することとする。
成立に争のない乙第五号証に依れば本件土地の登記簿上記載の原告の住所は東京都牛込区払方町三五番地である事実を認めることが出来、本件買収計画に対する原告の船橋市農地委員会宛異議申立書、原告の千葉県農地委員会宛訴願申立書及び同委員会の昭和二四年三月二日附訴願裁決書記載の原告の住所がいずれも東京都中野区鷺宮三丁目八六番地である事実は当事者間に争がなく、右当事者間に争のない事実と原告本人尋問の結果を綜合すれば原告は本件買収計画樹立当時から昭和二五年一二月末まで右東京都中野区鷺宮町三丁目八六番地に住所を有していた事実を認め得べく、更に成立に争のない乙第六号証の一、二に依れば本件土地に対する買収令書は千葉県農地部長から東京都経済局農地課長に原告の住所を前記登記簿上記載の住所として原告に交付方依頼したので右農地課長は之を交付しようと試みたが原告が右住所に居住していなかつたので、昭和二四年六月六日附書面により千葉県農地部長に令書を返送した事実を認めることが出来る。而して被告は買収令書を発行する千葉県知事は買収計画に対する異議、訴願審理庁とは別個の機関であるから異議訴願関係の書面により原告の住所の変更は察知するに由なく登記簿上の住所に基く外はなかつた旨主張しているのであるが、旧自創法による農地買収においては市町村農地委員会による買収計画の樹立及び之に対する異議の審理、都道府県農地委員会による訴願の審理及び買収計画の承認、都道府県知事による買収令書の発行、交付という一連の行為が相よつて農地買収という最終の目的を達成するものであることは多言を要しないところである。されば右各機関は各独自の権限使命を持つてはいるが、互に協力して完全に右最終目的の達成に努めることを要するものと云わなくてはならない。之を本件にあてはめて見ると船橋市農地委員会は原告よりの買収計画に対する異議審理中原告の住所の変更を知つた筈であるから買収計画における原告の住所を真実の住所に合致するように訂正すべきで、之を訂正しなかつたのはその手落と云わなければならないこと勿論であるが、千葉県農地委員会は訴願の審理中原告住所の変更を知り訴願裁決書には当時の原告の正しい住所を記載した程であるから船橋市農地委員会に該訴願棄却の裁決書を送付するに際しては右委員会に対し原告住所の変更につき注意を与えて然るべきであり、更に千葉県知事は買収計画における住所と異議並びに訴願申立書の住所の異る場合、買収計画に所有者の真実の住所を掲げるにつき互に協力注意するように関係各機関を指導し之により買収令書に所有者の真実の住所を掲げ以て令書の交付に遺漏なきを期すべき立場にあつた。然るにも拘らず最後まで買収計画における原告の住所が、真実の住所でない登記簿上の住所のままに放置され之に基き買収令書に右住所の掲げられていたのは(被告の主張自体に依り明である)、所有者に登記簿上の住所を訂正しなかつた欠点があるとしても、主として船橋市農地委員会の手落であり、千葉県農地委員会が前記与うべき注意を怠り千葉県知事が前記責務を怠つた結果であつて、行政庁側の責であると云わなくてはならない。以上のようであるから被告が登記簿上の原告住所宛に本件買収令書の送付を試み交付することが出来なかつたからとて、本件土地については自創法第九条第一項に所謂「所有者が知れないときその他令書の交付をすることができないとき」に該当しないと解するのを相当とする。されば被告が買収令書の記載事項を千葉県報に登載公告したのは自創法の許容しないことを為したものであつて、右公告は買収令書の交付に代る効力を生じないと云わなくてはならない。然らば本件買収処分は無効であるから之が無効確認を求める原告の本訴請求は(一)の事由を判断するまでもなく其の理由があること明である。
よつて之を認容すべきものとし、訴訟費用につき民事訴訟法第八九条を適用して主文の通り判決する。(昭和三二年一〇月七日千葉地方裁判所判決)